タンクローリーの積載物紹介シリーズ、第21回は硫酸バンドを取り上げます。
バンドは礬土のカタカナ表記
硫酸バンドという言葉を初めて知った人は、「バンド」の意味に興味がわくと思います。「バンド」は漢字の「礬土」をカタカナ表記したものです。英語やオランダ語のカタカナ表記ではありません。
昔は「硫酸バンド」ではなく「硫酸礬土」と表記していました。上の画像は明治25年(1892年)発行の「千八百八十九年佛國巴里萬國大博覽會報告」[1]という論文の一部を抜粋したものですが、文中で硫酸礬土という漢字表記が使われていることがわかります。
この言葉は、宇田川榕菴(1798-1846年)という江戸時代の蘭学・化学者によって新たに作られたものです[2]。榕菴は西洋の化学書を翻訳し、『舎密開宗』という本を出版しました。舎密開宗は日本における初の化学書であり、榕菴は日本に初めて化学を紹介した人物として知られています。
化学という新しい学問を日本に導入するにあたって、榕菴は新たな言葉をいくつも作り出しました。水素・炭素・酸化・還元・細胞・分析など、現在の日本人が日常的に使っている化学用語の多くは榕菴による造語です。榕菴によるこうした新しい化学用語の一つが礬土というわけです。
江戸時代から使われ始めましたが、現在ではバンドと書くのが一般的です。礬という字は常用漢字ではないですからね。
硫酸バンドは硫酸アルミニウム
バンドが礬土のカタカナ表記であることはわかりましたが、硫酸バンドとは化学的にはいったいどんな物質なんでしょうか。
まずは硫酸バンドの「バンド」という言葉単体の意味を考えます。バンドすなわち礬土は、化学的には酸化アルミニウムを意味します[2]。酸化アルミニウムは化学式Al2O3で表されるアルミニウムの酸化物で、ルビーやサファイヤの主成分でもあります。
また、礬土と同じく「礬」の字を含む言葉として明礬(ミョウバン)があります。明礬は宇田川榕菴の舎密開宗では硫酸礬土加々里と表現されています[2]。硫酸礬土加々里は硫酸カリウムアルミニウムAlK(SO4)2のことなので、硫酸礬土加々里の中の礬土がアルミニウムを、加々里がカリウムを意味しています。
このように、礬土は酸化アルミニウム、硫酸礬土加々里は硫酸カリウムアルミニウムを意味することから、礬土という言葉はアルミニウム化合物に対して使われる語だということがわかります。
以上の情報を踏まえれば、硫酸バンドが何を意味しているかは明白ですね。硫酸バンドは、化学式Al2(SO4)3で表される硫酸アルミニウム(aluminium sulfate)という化合物です。化学的には硫酸アルミニウムと書くべきですが、慣例的に以前からの言葉が現在でもつかわれています。炭酸カルシウムのことを石灰とよんだり、酸化カルシウムのことを生石灰とよぶのと一緒です。
水の浄化に使われる硫酸バンド
硫酸バンド、すなわち硫酸アルミニウムは、水の浄化のための凝集剤として利用されています。
水の浄化における凝集とは、汚水中に分散する懸濁物質を集めて液体と分離させる操作のことです。微細な懸濁物質粒子は一般にマイナスに帯電しているため、互いに反発して液体中に分散しています。ここにプラスに帯電した凝集剤を加えると反発力が弱まり凝集が起こるという仕組みです。凝集した懸濁物質の集合体のことを、フロックとよびます。
凝集処理に使われる薬剤は、無機凝集剤と高分子凝集剤の2種に分けることができます。硫酸バンドはこの無機凝集剤に分類されます。他にも、塩化第二鉄やポリ塩化第二鉄、ポリ塩化アルミニウム(PAC)などが無機凝集剤として用いられています。以前紹介した「ダンパワー」も、無機凝集剤の一種です。
水処理に使われる鉄系の無機凝集剤「ダンパワー」| TANK LORRY MUSEUM
硫酸アルミニウムは水中で水酸化アルミニウムを形成しますが、水酸化アルミニウムはプラスに帯電しているため、マイナスに帯電する汚濁物質を電気的に中和してフロックを形成するという仕組みです[3,4]。
世界で生産される硫酸アルミニウムの約2/3が、水の浄化に用いられています[5]。
酸性紙の原因となる硫酸バンド
硫酸バンドの用途として、凝集剤の次に主要なものが製紙過程における紙のにじみ止め処理です。
紙にインクを付けた際にインクがにじまないように、製紙工程では薬剤によるにじみ止めが行われています。この、にじみ止めのための薬剤の一種が硫酸バンドです。
製紙業界では「にじみ止め」のことをサイズ、もしくはサイジングとよびます。Sizeという語を英和辞典で引くと、名詞として「にじみ止め」、動詞としては「にじみ止めを塗る」と書かれています。そのため、製紙業で使われるにじみ止めのための薬品はサイズ剤もしくはサイジング剤とよばれています。
硫酸バンドはサイズ剤を紙に定着させるための定着剤としての役割を持ちます。日本で最も使用されているサイズ剤はロジン系サイズ剤とよばれるもので、松ヤニの不揮発性成分であるロジンから製造されています。ロジン系サイズ剤単体でもサイズ効果を発揮しますが、硫酸バンドを加えることで紙の繊維とサイズ剤がアルミニウムイオンを介して結合し、より良好なサイズ効果が得られます。
硫酸バンドをサイズ剤の定着に用いると、硫酸イオンから硫酸が生成して酸性紙(acid paper)とよばれる酸性の紙が出来上がります。酸性紙は紙の繊維であるセルロースが硫酸によって加水分解されるため、紙の劣化の原因となります。現在はサイズ剤や定着剤を工夫することで中性やアルカリ性の「中性紙」に置きかわりつつありますが、これまでに作られた大量の酸性紙の保存は、世界的な課題になっています。
化学泡消火器に使われる硫酸バンド
硫酸バンドのその他の用途として、消火器用の薬剤が挙げられます。消火器には燃焼面を被覆して再燃を防止するために泡が用いられる場合があり、これを泡消化器といいます。泡の発生機構は、発泡器による機械的なものか、薬剤の反応による化学的なものかに分けられますが、化学的な仕組みで泡を発生させる化学泡消化器に硫酸バンドが用いられています[7]。
化学泡消火器には、硫酸バンドと炭酸水素ナトリウムNaHCO3の水溶液がそれぞれ別々に充填されています。火災時には、消火器を転倒させることで両薬剤を混合します。すると、以下の化学反応が起きて二酸化炭素CO2や水酸化アルミニウムAl(OH)3が生じます。
6NaHCO3 + Al2(SO4)3 → 6CO2 + 2Al(OH)3 + 3Na2SO4
反応の結果生じた水酸化アルミニウムを核として二酸化炭素の泡が発生し、これが火災に対して窒息効果と冷却効果をもたらすことで消火するという仕組みです[8]。
使用温度範囲や薬剤の保存期間が短いことから、現在では一部の用途以外にはあまり用いられていません。
硫酸バンドの製造方法
硫酸バンドは、次式で表される水酸化アルミニウムと硫酸による反応によって製造することができます。
2Al(OH)3+ 3H2SO4 →Al2(SO4)3 + 6H2O
また、ボーキサイトや粘土に硫酸を作用させることでも硫酸バンドを製造することが可能です。ボーキサイトや粘土に含まれる酸化アルミニウムが硫酸と反応して硫酸アルミニウムとなります。
Al2O3 + 3H2SO4 → Al2(SO4)3 + 3H2O
2018年、国内では556,087tの硫酸アルミニウムが製造されました[9]。
硫酸バンドを運ぶタンクローリー
それでは、硫酸バンドを運ぶタンクローリーを見てみましょう。以下の写真では、青木製作所のタンクローリーによって硫酸バンドが運搬されています。運輸会社は新光運輸です。
製品としての硫酸バンドには粉末と液体の2種類が存在します。このタンクローリーは粉粒体運搬車ではないので、液体状の硫酸バンドが積載されていることがわかります。
硫酸バンドは危険物でも毒劇物でもないため、タンクローリーにこれらの表示はありません。一方で、タンクの素材にはFRPが使用されています。これは、硫酸バンドには硫酸イオンによる金属腐食作用があるためです。硫酸バンドは危険物でも毒劇物でもありませんが、金属を腐食する性質があることからタンクの素材には耐食性の高いFRPが使用されているわけです。
参考文献
- 石藤(1892)千八百八十九年佛國巴里萬國大博覽會報告, 東京化學會誌, 12, 9-20.
- 中原(1989)黎明期の化学用語, 化学と教育, 37(5), 492-497.
- 硫酸アルミニウム, 大明化学工業.
- 硫酸アルミニウム , 製品情報, 浅田化学工業.
- Otto Helmboldt et al.(2012)Aluminum Compounds, Inorganic, Ullmann’s Encyclopedia of Industrial Chemistry, Wiley-VCH, Weinheim.
- 稲岡(2012)ロジン系サイズ剤のサイズ発現機構と今後の中性化に向けた取り組み, Harima Technology Report, 113, 1-4.
- 星野(1993)泡消火剤, 油化学, 42(10), 856-867.
- 消防機器早わかり講座, 日本消防検定協会.
- 経済産業省生産動態統計年報 化学工業統計編 平成30年, 経済産業省.