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ナイロンの原料となる引火性液体「シクロヘキサノン」

タンクローリーの積載物紹介シリーズ、第18回はシクロヘキサノンです。

シクロヘキサノンを積んだブルーエキスプレスのタンクコンテナ

シクロヘキサノンの化学構造と用途

シクロヘキサノン(cyclohexanone)は化学式C6H10Oで表される有機化合物です。名前がよく似たシクロヘキサンという分子もありますが、シクロヘキサノンとシクロヘキサンはその構造も良く似ています。どちらも6つの炭素がリング状に結合した環状分子ですが、シクロヘキサノンはシクロヘキサンにカルボニル基が結合した構造を持ちます。

シクロヘキサン・シクロヘキサノン・シクロヘキサノールの構造式

融点-47ºC、沸点156.4ºCの無色の液体で、除光液に使われるアセトンと同じような臭いを放ちます[1]

工業的に生産されるシクロヘキサノンの大部分は、カプロラクタムやアジピン酸という分子へと変換されます。これらの分子は合成繊維ナイロンの原料となるため、シクロヘキサノンは産業的に極めて重要な分子といえます。

フェノールやシクロヘキサンから合成されるシクロヘキサノン

シクロヘキサノンの工業的な製造法はいくつか存在しますが、以下の2つが主要な合成法です。1つはフェノールの水素化、もう1つはシクロヘキサンの酸化によるものです。

フェノールの水素化は、最も古い歴史をもつシクロヘキサノンの工業的合成法です[1]。原料としてフェノールを用い、水素と反応させることでシクロヘキサノンを合成します。

フェノールの水素化によるシクロヘキサノンの合成

この方法では、シクロヘキサノンだけでなくシクロヘキサノールも得られますが、反応の際に用いる金属触媒の種類によって選択的な合成が行われています。シクロヘキサノールの合成にはニッケル系、シクロヘキサノンの合成にはパラジウム系などの触媒が利用されます[1]

収率や安全面、品質などでは優れていますが、材料となるフェノールが高価なのがネックです[2]

シクロヘキサンの酸化による合成法は、原料としてシクロヘキサンを用います。シクロヘキサンを空気中の酸素で酸化して中間体としてシクロヘキシルヒドロペルオキシド(cyclohexyl hydroperoxide)を作り、これがシクロヘキサンやシクロヘキサノールへと変換されるという流れです。

シクロヘキサンからシクロヘキサノンへの合成プロセス

反応の生成物であるシクロヘキサノンとシクロヘキサノールの混合物はKA(ketone-alcoholl)オイルと呼ばれます。KAオイル中のシクロヘキサノンとシクロヘキサノールの生成割合はやはり触媒の選択によって調整されています。

この方法はフェノールを原料とするよりも収率が低いのが難点ですが、触媒としてホウ酸を用いることで収率を高める試みが行われています[2]

シクロヘキサノンを用いたカプロラクタムとアジピン酸の合成

工業的に製造されるシクロヘキサノンのほとんどは、カプロラクタム(ε-caprolactam: CPL)やアジピン酸(adipic acid: AA)という分子の合成に利用されます。これらの分子は、耐摩耗性・耐衝撃性に優れた合成繊維であるナイロンの原料となります。ナイロンはその製造方法の違いによりナイロン6やナイロン6,6などに分けられますが、カプロラクタムはナイロン6に、アジピン酸はナイロン6,6の合成に使われます。

アメリカ空軍が開発したMA-1の生地にはナイロン製が採用されています(Wikimedia Commons)

シクロヘキサノンからのカプロラクタムの合成

カプロラクタムの合成には、まずシクロヘキサノンとヒドロキシルアミン(hydroxylamine)を反応させシクロヘキサノンオキシム(cyclohexanone oxime)を生成します。このシクロヘキサノンオキシムを硫酸存在下でベックマン転位(Beckmann rearrangement)とよばれる反応を起こしてカプロラクタムが得られます[2,3]。

シクロヘキサノンからのシクロヘキサノンオキシムの合成と、ベックマン転位によるカプロラクタムの生成

この方法では、反応を効率的に進めるためにアンモニアが利用されますが、アンモニアは硫酸と反応することで安価な硫安(硫酸アンモニウム)が大量に副生してしまいます。また、硫酸が反応装置へ負荷を与えることも課題となっています。ただ、収率が98%と高いことから、約90%のカプロラクタムがこの方法によって製造されています[4]。

シクロヘキサノンからのアジピン酸の合成

アジピン酸は、シクロヘキサノンとシクロヘキサノールの混合物であるKAオイルを酸化することで製造されています。

シクロヘキサノンからのアジピン酸合成

バナジウム-銅触媒の存在下でKAオイルを硝酸で酸化することによってアジピン酸が合成されます。硝酸はこの反応により亜酸化窒素(N2O)、いわゆる笑気ガスとなります。笑気ガスは温室効果やオゾン層を破壊する作用があるため、環境保護の観点から合成法の改良が求められています。

シクロヘキサノンを運ぶタンクローリー

シクロヘキサノンを積んだブルーエキスプレスのタンクコンテナ

この写真は、シクロヘキサノンを運ぶタンクコンテナです。架装メーカーは、今は亡き東急車輛製造です。

まずは、タンクコンテナに記載のコンテナ番号とサイズ・タイプコードを読み解いてみます。

ISOコンテナ番号やサイズ・タイプコードから探るコンテナ情報 | TANK LORRY MUSEUM

コンテナ番号はBEXU 020013 0ですが、BEXはブルーエキスプレスの所有者コードです。また、サイズ・タイプコードは22T6となっていますので、コンテナの全長は20ft、高さ8.6ft、幅は8ftであることがわかります。”T6″についてはBICで検索してもエラーが出てしまうので、前回の酸化プロピレンのタンクコンテナと同様、旧規格のコードかもしれません。

車体後部に危険物のマーク「危」が掲げられています。これは、シクロヘキサノンが危険物第4類の第2石油類に該当するためです。第2石油類は、引火点21ºC以上70ºC未満の引火性液体です。シクロヘキサノンの引火点は54ºCなので、第2石油類に分類されています。

シクロヘキサノンを積んだKantoのタンクコンテナ

こちらの写真は、恭和運送が運ぶシクロヘキサノンのタンクコンテナです。さきほどと同じ車両のように見えますが、コンテナ番号が違いますね。コンテナ番号はKNTU 391001 0となっていますが、KNTは関東化学のアメリカ法人Kanotの所有者コードです。

サイズ・タイプコードが見当たりませんが、写真に写っていない車両前方側に記載されていました。20T6なので、さきほどのブルーエキスプレスのものよりも高さの低い(8ft)タンクです。

タンクコンテナで運ばれるということは、コンテナ船に積まれて輸入されたものか、これから輸出されるものということです。世界的に需要が高いということの表れですね。

参考文献

  1. Michael T. Musser (2012)Cyclohexanol and Cyclohexanone, Ullmann’s Encyclopedia of Industrial Chemistry, Wiley-VCH, Weinheim.
  2. 谷藤(1989)ε-カプロラクタム, 有機合成化学協会誌, 47(10), 950-952.
  3. 杉田(2004)環境に優しいε-カプロラクタムの新しい製造プロセス, 化学と教育, 52(10), 694-695.
  4. Josef Ritz et al.(2012)Caprolactam, Ullmann’s Encyclopedia of Industrial Chemistry, Wiley-VCH, Weinheim.

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