タンクローリーの積載物紹介シリーズ、第17回は酸化プロピレンです。
酸化プロピレンの化学構造と用途
酸化プロピレン(propylene oxide: PO)は、プロピレンオキシドやプロピレンオキサイド、1,2-プロピレンオキシドともよばれる無色の揮発性液体です。分子式C3H6Oで表され、以前紹介したエチレンオキシドにメチル基がくっついた構造をしています。
下のグラフのように酸化プロピレンの大半は、ウレタン樹脂の原料であるポリオールの製造に使われます。また、不飽和ポリエステル樹脂や不凍液の原料となるプロピレングリコールを製造するための材料にもなります[1,2]。
2018年(平成30年)、住友化学やAGC(旧旭硝子)、トクヤマなどにより国内で373,917tの酸化プロピレンが生産されています[3]。
酸化プロピレンの製造方法
工業的な酸化プロピレンの製造法は、塩素法と有機酸化物法に分けられます。どちらもプロピレンを原料とする製造法ですが、前者は塩素との反応、後者は過酸化物との反応によって酸化プロピレンを合成します。
塩素法(クロルヒドリン法)
塩素法は、1861年から知られている最古の合成法です[4]。プロピレンと塩素と水からプロピレンクロルヒドリン(propylene chlorohydrin)を合成し、次にアルカリと反応させることで酸化プロピレンを得る方法です。プロピレンクロルヒドリンを経由するので、クロルヒドリン法ともよばれています。
プロピレンクロルヒドリンにはα型とβ型があります。9:1の割合で生成しますが、どちらもアルカリと反応して酸化プロピレンとなります。
最古の合成法ですが、Dow Chemicalをはじめ現在でも世界中で広く採用されています[2]。
有機過酸化物法(ハルコン法)
ハルコン法やハイドロパーオキサイド法ともよばれる有機過酸化法は、有機過酸化物を用いてプロピレンを酸化して酸化プロピレンを得る方法です。有機過酸化物として、エチルベンゼンやイソブタンの過酸化物が使われます。
エチルベンゼンを用いる場合、まずエチルベンゼンを空気酸化してエチルベンゼンハイドロパーオキサイド(ethylbenzene hydroperoxide)という過酸化物を得ます。これを用いてプロピレンを酸化して酸化プロピレンを合成します。
エチルベンゼンハイドロパーオキサイドとプロピレンの反応からは、酸化プロピレンだけでなくα-メチルベンジルアルコール(α-methylbenzyl alcohol)も得られます。αメチルベンジルアルコールは、触媒存在下で脱水され、スチレンとなります。併産されるスチレンは、ポリスチレンのモノマーとして利用できます。
有機過酸化物法は、塩素法と共に多くの企業が採用する酸化プロピレンの合成法です。この方法はラルフ・ランドウ(Ralph Landau)によって開発され、1967年に設立したHalconとAtlantic Richfieldの合弁会社Oxiraneによって製造が開始されました。ラルフ・ランドウはこの他にも酸化エチレンやテレフタル酸の合成法などを開発し、石油化学工業に多大な貢献をしたアメリカの化学エンジニアです[5]。
ポリウレタンの材料の材料になる酸化プロピレン
酸化プロピレンの大半はポリオールとなり、ポリウレタン(ウレタン樹脂)の原材料として使われます。ポリウレタンは自動車のクッションや建物の断熱材などに利用される非常に重要なポリマーです。ポリウレタンはポリイソシアネートとポリオールを反応させることで合成されますが、このポリオールを製造するために酸化プロピレンが使われています。
ポリオールは2個以上のヒドロキシ基をもつ分子の総称なので非常に多くの種類があります。ポリウレタンの原料となるものだけでも沢山あるので、その化学構造によってポリエーテルポリオールやポリエステルポリオール、ポリマーポリオールなどに分類されます。
最も多く使われているのがポリエーテルポリオールで、ヒドロキシ基とエーテル結合を複数もつ分子です。酸化プロピレンから合成されるポリエーテルポリオールとして、ポリプロピレングリコール(Polypropylene glycol: PPG)が挙げられます。
PPGはポリオールに酸化プロピレンを付加することで合成されます。酸化プロピレンの付加量によってPPGの鎖の長さ、すなわち分子量を変えることができ、ポリウレタンの引張強さや弾性をコントロールすることができます。
プロピレングリコールの材料としての酸化プロピレン
酸化プロピレンはポリウレタン用のポリオール原料となるだけでなく、プロピレングリコールの原料にもなります。酸化プロピレンを、高温高圧下で加水分解することによって得ることができます。
生産されたプロピレングリコールは不飽和ポリエステル樹脂や化粧品、食品の防腐剤やタバコの保湿剤など様々な用途に利用されています。これは、プロピレングリコールが無味無臭で低毒性、保湿性や防カビ性に優れているためです。
酸化プロピレンのプラントで起きた爆発事故
酸化プロピレンは産業的に重要な基礎材料であることはこれまでに紹介してきましたが、燃料気化爆弾に使われるほど揮発性・引火性の高い物質でもあります。1964年(昭和39年)には、昭和電工の神奈川県川崎市のプラントで大爆発が起き、18名の死者、100名以上の負傷者を出す大惨事が発生しています。
このプラントでは、クロルヒドリン法により酸化プロピレンを製造していました。第一反応塔でプロピレンクロルヒドリンをつくり、第二反応塔で酸化プロピレンを合成、これを中間タンクに貯蔵し、その後3つの精溜塔を経て酸化プロピレン製品を製造するという流れです。
この製造フローは2系統存在し(第1プラントと第2プラント)、第1プラントの精溜塔で漏洩があっため、第2プラントの中間タンクへ塔底液を移送している最中に爆発が起きました。爆発の原因は、移送作業に伴うアルカリ存在下での酸化プロピレンの重合反応の暴走、発熱による酸化プロピレンの蒸気爆発、空気中に噴出した酸化プロピレン蒸気の混合ガス爆発が連鎖的に生じたためだと考えられています[6,7]。
酸化プロピレンを運ぶタンクローリー
ということで、酸化プロピレンを運ぶタンクローリーを見てみましょう。下の写真は、黒肥地運輸が運ぶタンクコンテナに積載された酸化プロピレンです。
まずは、コンテナに記載されているコンテナ番号とサイズ・タイプコードを読み解いてみましょう。
ISOコンテナ番号やサイズ・タイプコードから探るコンテナ情報 | TANK LORRY MUSEUM
コンテナ番号JOTUから、日本石油輸送(JOT)のコンテナであることがわかります。サイズコードは22なので、長さ20ft、高さ8.6ft、幅8ftですね。タイプコードはT2となっていますが、BICで検索しても”Error: Invalid or empty code”と表示されます。旧規格のコードでしょうか。Tというのはおそらくタンクという意味でしょう。
車体後部には、危険物を積載していることを表す「危」の標識が掲示されています。これは、酸化プロピレンが危険物乙種第4類の特殊引火物に分類されているためです。特殊引火物とは、1気圧において発火点が100ºC以下のもの、又は引火点が-20ºC以下で沸点が40ºC以下のものを指します。酸化プロピレンの引火点は-37ºCで沸点が33.9ºCなので、特殊引火物に分類されるわけです。
この写真は、一宮運輸が運ぶ酸化プロピレンです。こちらは、タンクコンテナではなくていわゆる一般的なタンクローリーが使われています。タンクローリーは東田鉄工のVシリーズですね。危険物輸送用の側面枠や防護枠が設けられています。危険性の高い酸化プロピレンが道路を走っているというのは不思議な気持ちになりますね。
参考文献
- Propylene Oxide,Product Safety Assessment, The Dow Chemical Company,2013.
- 辻ほか(2006)プロピレンオキサイド新製法の開発, 住友化学, 1, 4-10.
- 経済産業省生産動態統計年報 化学工業統計編 平成30年, 経済産業省.
- 新宮(1959)プロピレンオキシドの製造とその応用, 油化学, 8(8), 355-361.
- 松浦(1984)ハルコン-SDグループの炭化水素酸化技術, 有機合成化学協会誌, 42(12), 1145-1151.
- 北川(1975)川崎市における酸化プロピレンタンクの爆発事故の原因解析, 安全工学, 14(6), 433-444.
- プロピレンオキシド製造装置の中間タンクにおいて混触危険物質の共存によるタンクの爆発, 失敗知識データベース.