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「フッ化水素酸」はフルオロカーボンやアルミニウムの製造に使われる毒物

タンクローリーの積載物紹介シリーズ、第20回はフッ化水素酸を取り上げます。

フッ化水素酸を積載したタンクコンテナ

危険でも有用なフッ化水素酸

フッ化水素酸(hydrofluoric acid)は、化学式HFで表されるフッ化水素の水溶液です。略称であるフッ酸という名称のほうが一般的ですね。フランスの化学者エドモンド・フレミー(Edmond Frémy)によって1856年に初めて発見されました[1]

フッ酸には強い腐食性があるので、扱いを誤ると大惨事を引き起こす危険な薬品です。一方で、その反応性の高さからフルオロカーボンやアルミニウム、半導体の製造には欠かすことができない薬品でもあります。また、ウラン濃縮のための六フッ化ウランの製造にも利用されています。

日本では1917年(大正6年)に森田製薬所(森田化学工業の前身)によって初めて製造され[2]、ガラスの加工用としてフッ酸の利用がスタートしています。

蛍石を原料としたフッ酸の製造法

フッ酸はフッ化水素の水溶液なので、フッ酸を製造するためにはまずフッ化水素をつくる必要があります。フッ化水素は、蛍石と硫酸を反応させることで製造されています。

蛍石(fluorite)は化学式CaF2で表されるフッ素を含む鉱物の一種です。紫外線を照射すると蛍光を発することからこの名前がつきました。

薄紫色の蛍石と閃亜鉛鉱(Wikimedia Commons)

蛍石と硫酸(H2SO4)は、以下の式のように反応してフッ化水素(HF)を生成します[1]

CaF2 + H2SO4 → 2 HF + CaSO4

製造プラントでは、蛍石と濃硫酸を回転炉(ロータリーキルン)中で加熱反応させてフッ化水素ガスと硫酸カルシウム(CaSO4)を製造し、このフッ化水素ガスを水に溶かすことでフッ酸が製造されています[3]

フッ化水素の原料となる蛍石は天然の鉱物なので、得られるフッ化水素の純度は蛍石のCaF2の純度に依存します。蛍石はCaF2の含有量によって治金・セラミックグレード(97%以下)と、アシッドグレード(97%より高い)に分類されますが、フッ化水素の製造にはアシッドグレードの高純度蛍石が使われます[4]

蛍石の主要な産出国は中国で、次にメキシコ、モンゴルなどが続きます。メキシコ以下の国をすべて足しても世界生産量の半分に満たず、実に63%もの蛍石が中国で生産されています。中国で生産される蛍石はアシッドグレードなので、フッ化水素の製造には中国の蛍石が不可欠というのが現状です[5]

ガラスを溶かし肉体も侵すフッ酸

フッ酸は極めて強い腐食性を持つことが知られています。フッ化水素の濃度や温度によっても変わりますが、鉄や銀など、多くの金属に対して強い腐食性があります[6]

また、ガラスの主成分である二酸化ケイ素に対しても腐食性を示すので、この性質を利用してガラス器具の目盛りや模様を付ける際の溶剤として利用されます。

実験用ガラス器具の目盛り付けにフッ酸を用いている様子が11:42から映っています(JST)

金属やガラスをはじめ、フッ酸はほとんどの無機物に腐食性を示すため、保存容器にはフッ酸に対する耐食性の高い素材であるテフロンやポリエチレンなどが採用されます。

フッ酸は人体に対しても極めて有毒です。フッ酸が体に付着すると、Fイオンが体内のCaイオンと結合してCaF2を形成します。この結果、Caイオンが不足して膜電位が変化することで激しい痛みが発生します。CaF2の形成はCaイオンが消費されつくすまで続き、骨や腱まで損傷して患部を切断しなければいけないこともあります。また、血中では低カルシウム血症をもたらし、心停止をもたらす場合もあります[7]

フッ酸による化学熱傷を起こした指(Wikimedia Commons)

治療法としては、水による十分な洗浄が第一です。その後、Caイオンを供給してFイオンを不活性化するために、グルコン酸カルシウムの投薬などが行われます[7]

フルオロカーボンの原料となるフッ酸

フッ酸は極めて危険な物質ですが、その一方で工業的に有用な素材でもあります。世界で生産されるフッ酸の75%以上は、フルオロカーボンとアルミニウムの製造に利用されます[1]

フルオロカーボンとは、炭化水素の水素をフッ素に置き換えた化合物です。日本国内では一般にはフロンとよばれています。フロンの中でも、フッ素以外に塩素を含んでいるものはクロロフルオロカーボン(chlorofluorocarbon: CFC)、水素も含むものはハイドロクロロフルオロカーボン(hydrochlorofluorocarbon: HCFC)、水素のみ含むものをハイドロフルオロカーボン(hydrofluorocarbon: HFC)とよびます。

CFCとHCFCとHFCの違い

フロンは、圧力を変えることで常温でも液体から気体、気体から液体へと容易に変化するという特徴があります。この性質を利用して、冷蔵庫やエアコンの冷媒に利用されています。また、不燃性で比較的低毒性であり化学的にも安定していることから、電子部品の洗浄剤やスプレーの噴射剤にも使われています[8]

かつてはフロンとしてCFCが主に使われていましたが、CFCは強いオゾン層破壊効果をもちます。これは、CFCが化学的に安定していることと、塩素を含むことに起因します。安定性が高いために対流圏では分解されず、そのまま成層圏まで到達します。成層圏では強い紫外線を浴びてCFCから塩素が放出され、この塩素がオゾンを破壊することでオゾン層の破壊が進行します。

こうした問題から、CFCよりもオゾン層破壊効果の低いフロンが用いられるようになり、CFCの代わりに用いられるようになりました。こうしたフロンを代替フロンとよび、HCFCやHFCがこれにあたります。

HCFCはCFCよりも安定性が低いためにオゾン層破壊効果は比較的低めです。ただ、やはり塩素を含んでいるためオゾン層にとって無害な物質ではありません。HFCはそもそも塩素を含まないため、オゾン層を破壊する作用はありません。このため、1987年に採択された「オゾン層を破壊する物質に関するモントリオール議定書」で、CFCやHCFCは生産・輸入が規制されることになりました。こうした流れを受け、日本国内ではCFCやHCFCの利用が減り、HFCへの移行が進んでいます。

ちなみに、HFCはオゾン層にとっては無害でも、高い温室効果をもつことから京都議定書の規制対象物質となっています。あちらを立てればこちらが立たずというわけです。

アルミニウム精錬とフッ酸

フルオロカーボンと並び、フッ酸の大半の用途を占めているのがアルミニウム工業です。

ボーキサイトの名はフランス南部の町レ・ボー=ド=プロヴァンスにちなむ(Wikimedia Commons)

アルミニウムは、ボーキサイト(bauxite)という鉱物から取り出したアルミナ(酸化アルミニウムAl2O3)を電気分解することで製造されます。電気分解するためにはアルミナを一旦溶かす必要がありますが、アルミナの融点は約2,000ºCと高温です。実用的な温度にまで融点を下げるために、氷晶石という鉱物が融剤として用いられます。

天然の氷晶石(Wikimedia Commons)

氷晶石(cryolite)はNa3AlF6という組成を持ち、グリーンランドで産出する比較的希少な鉱物です。この氷晶石とアルミナを混ぜると、1,000ºCほどでアルミナを溶融することが可能となります。

氷晶石を用いた溶融電気分解法は、1886年にチャールズ・マーティン・ホール(Charles Martin Hall)とポール・エルー(Paul Héroult)によってそれぞれ独立に発明されたものです[9]。そのため、彼らの名前をとってホール・エルー法(Hall–Héroult process)とよばれています。

氷晶石は天然の鉱物ですが、のちにより安価な蛍石から人工の氷晶石を作る方法が開発されました。この、人工氷晶石の製造にフッ酸が利用されています。また、氷晶石以外にフッ化アルミニウム(aluminium fluoride: AlF3)もホール・エルー法における融剤としての役割を果たしますが、フッ酸はフッ化アルミニウムの原料としても使われています[1]

フッ化水素酸を運ぶタンクローリー

ここで、フッ酸を運ぶタンクローリーをみてみましょう。以下の写真は、「フッ化水素酸」を運ぶタンクコンテナです。トレーラのメーカーは日本トレクスですね。

フッ化水素酸を積載したタンクコンテナ

コンテナ番号にBEXUとあることから、ブルーエキスプレス所有のタンクコンテナであることがわかります。サイズ・タイプコードは22T6ですので、コンテナの全長は20ft、高さ8.6ft、幅は8ftです。

ISOコンテナ番号やサイズ・タイプコードから探るコンテナ情報 | TANK LORRY MUSEUM

車体後方には「毒」の看板が掲示されています。これは、フッ酸が毒物及び劇物取締法毒物において、医薬用外毒物に指定されているためです。

タンク胴板部を見ると、「フッ素樹脂シートライニング ニッシンコーポレーション」と記載されています。これは、タンクの内面に耐蝕のためのフッ素樹脂シートが貼られていることを意味します。むき出しの金属タンクだと、フッ酸によって腐食してしまいますからね。ニッシンコーポレーションはフッ素樹脂の製造を行なっている企業なので、このタンクはニッシンコーポレーションによってライニング加工が施されたことがわかります。

反応性の高い薬品を運ぶためには、それなりの設備が必要ということですね。

参考文献

  1. Jean Aigueperse et al.(2012)Fluorine Compounds, Inorganic, Ullmann’s Encyclopedia of Industrial Chemistry, Wiley-VCH, Weinheim.
  2. 沿革, 森田化学工業.
  3. 田村(1985)フッ化水素酸, 有機合成化学協会誌, 43(12), 1167-1168.
  4. 鉱物資源マテリアルフロー2015 28.フッ素(F), 金属資源情報, 石油天然ガス・金属鉱物資源機構.
  5. 鉱物資源マテリアルフロー2018 30.フッ素(F), 金属資源情報, 石油天然ガス・金属鉱物資源機構.
  6. 岩波 理化学辞典 第4版, 1995, 岩波書店.
  7. 小松ほか(2005)フッ化水素酸による化学熱傷, 徳島赤十字病院医学雑誌, 10(1) 85-87.
  8. 参考資料1.特定物質の特徴と用途, 環境省.
  9. 岩崎(2016)日本初のアルミニウム生産の工業化, 化学と教育, 64(1), 16-19.

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